• NPO法人AABC(アジアン・エイジング・ビジネスセンター)
  • 2009/4/08 15:10:21

 沖縄県は長寿の県として知られている。その中でも大宜味村は「長寿の里」宣言をしていることで有名である。最近まとめられた村の年譜の参照と聞き取りによると、これに関して次のような推移があったことが分かる。
村の年譜によると、「1969年 白寿祝い4人」とあるので、この時期に既に百歳に達せんとする人が複数おられ、長寿の里であるという認識があったといえる。ちなみにこの時期に日本全国で100歳に達している人は、331人であった。いわば100歳以上生きられるのは、稀なケースであるという認識のもとに、そういう人が複数現れるのは、なにか特別の理由があるからではないかという素朴な疑問に基づく研究が進められることになる。
とりわけ、1987年には東京都老人総合研究所(松崎俊久)調査が、平良一彦(現琉球大学教育学部教授)を交えて実施され、その後、平良氏の継続的な研究が続けられることとなる。その成果は、アカプルコで開催された第14回世界老年学会議で、松崎俊久・崎原盛造、平良一彦によって世界に紹介され、「長寿村」として一躍名を馳せることとなる。こうして世界から多くの老年学者が調査に訪れることになる。特に栄養学的調査が積極的に進められ、健康にいい食習慣・食材といったことが明らかにされてきた。
食生活の面では、以下のような点が注目されてきた。
(1)地の素材を活かした素朴で伝統的な食生活
(2)肉類(豚肉)の摂取量が多い
(3)緑黄色野菜の摂取量が多い
(4)豆類の摂取量が多い
(5)果実類の摂取量が多い
(6)食塩の摂取量が少ない
(7)シークワーサーを取り入れた料理も多い
また、高齢者の生活として浮かび上がってきたのは、次のような特徴であった。
(1)約3割の高齢者がひとり暮らし
(2)自家菜園を持ち、野菜中心の食生活を送っているが、2割の高齢者が配食サービスを希望
(3)月7万円以上の生活費がかかり、金銭管理は妻任せ、男性の女性への生活依存度が多い
(4)80パーセントの高齢者が自分の家系は長寿家系と認識している
(5)高齢者の7割以上が通院、健康管理に気をつけている
(6)地域行事への参加意識は高いが、近所づきあいは妻任せ、男性は畑仕事中心で集団での趣味活動はあまりない
(7)家族と過ごす日常生活に喜びを感じる
(8)体が動かなくなったら、自宅での終世を本音で希望するものの、親族への遠慮から施設入所を希望する
(9)介護保険や保健福祉サービスに対する認知度、認識度が低い
(10)一日の生活リズムの中に適度な休憩時間(午睡等)を取り入れている
(11)ナンクルナイサー、イチャリバチョウデーに代表されるように、ゆったりとした、おおらかな気質
平良一彦教授の監修した大宜味村のパンフレットでも、こうした長寿を支える諸要因として、栄養、気候、休養の他に、労働を含めた運動、行事を含めた精神生活の主観的健康観、そして社会活動性を指摘している。
こうした科学的調査に自信をつけた大宜味村老人クラブ連合会は、1993年に「長寿日本一」宣言を発表した。村を通る国道58号線沿いの「道の駅おおぎみ」(高齢者等活性化センター)の横に、その宣言文が刻まれた石碑が立っている。

80はサワラビ 90となって迎えに来たら、100まで待てと追い返せ
我らは老いてますます意気盛んなり、老いては子に甘えるな。
長寿を誇るなら我が村に来たれ、
自然の恵みと長寿の秘訣を授けよう。
我が大宜味村老人は ここに長寿の村日本一を高々に宣言する。
平成5年4月23日 大宜味村老人クラブ連合会

 今は道の駅として使われている施設は、この宣言の後、1994年に高齢者等活性化センターとして建設されたものである。ここは1998年からは、道の駅の指定を受け、個人出荷者が銘々に農産物等を出荷販売している。また2階では元気な高齢者が週に2回午後2時から4時まで、カラオケ教室に通って楽しんでいる。この中には岩国市出身の88歳の女性もいた。
1995年に沖縄県では、時の大田昌秀知事が、太平洋戦争・沖縄戦終結50周年の記念式典に際し、次のような「世界長寿地域」を宣言している。

 沖縄県は先の第二次世界大戦において住民をも巻き込んだ国内唯一の地上戦の場となり、20万人余の尊い生命と貴重な文化遺産を失った。戦後、本県は焦土の中から立ち上がり、50年を経た今日、社会経済のめざましい発展をとげるとともに、世界に誇れる長寿地域となった。
 我々は、この長寿地域の達成が県民の努力と保健医療関係者の熱意の賜物であり、その根底には恵まれた温暖な気候、先人の英知の結晶である伝統的食生活や文化があることと思う。
 また、自然と共生し、異国文化を尊重し、社会的弱者と共に助け合っていく「共生」の生き方、方言で「ユイマール」といわれる相互扶助の習慣や、兄弟のように分け隔てなく付きあう「イチャリバチョデー」の県民性がある。
 さらに戦禍の教訓として「命どう宝」という平和を希求する沖縄の心があり、その心に支えられた長寿地域であることを改めて思い起こす必要がある。
 我々は、太平洋戦・沖縄戦終結50周年に当たり、我々の祖先が築いてきた独自の文化を大事にしつつ、健康の大切さ、平和の尊さを訴え、未来に向け全人類の大事にしつつ、健康の大切さ、平和の尊さを訴え、未来に向けて全人類の全人類の幸せの道しるべとなるよう、沖縄県が世界長寿地域であることをここに宣言する。
 平成7年8月18日                     沖縄県知事 大田昌秀

 しかし皮肉にも、この後沖縄県の男性の平均寿命は急速に低下している。沖縄県では、危機感を募らせ、特に戦後生まれ世代以後の食生活に着目し、それが肥満を作り出し、糖尿病など成人病の原因を作って、短命化が促進しているのではないかと考えている。あるいは農業など肉体労働をする人が少なくなり、デスクワークに変化したり、鉄道がなく、自動車交通に依存した生活をしているために、歩くことがない生活をしている人が多いために、運動不足から肥満になって、成人病を誘発して短命になっているのではないかとみている。

表 男女別全国・沖縄県平均寿命の推移
1975年 1980年 1985年 1990年 1995年 2000年 2005年
全国男 71.79 73.57 74.95 76.04 76.70 77.71 78.79
沖縄男 72.15
10位 74.52
2位 76.34
1位 76.67
5位 77.22
4位 77.64
26位 78.64
25位
全国女 77.01 79.00 80.75 82.07 83.22 84.62 85.75
沖縄女 78.96
1位 81.72
1位 83.70
1位 84.47
1位 85.08
1位 86.01
1位 86.88
1位

 大宜味村でも事情は同じで、現在の75歳以上の世代には、百歳まで生きながらえることができそうな人が多いが、その後の世代になると、糖尿病など成人病の人が多く、とても百歳までは生きながらえそうにない人が多いという。平成18年5月分の診療結果によると、老人の入院(21.43%)及び入院外(32.42%)のいずれも上位項目は循環器系疾患が占めており、腎不全による人工透析の件数が増えて、医療費増大の原因にもなっているといわれている。
 100歳以上高齢者の最近の推移をみると、沖縄県では、2007年の792人から2008年の838人へとなお増加の傾向にある。しかし同時期に大宜味村では18人から14人へ減らしている。今回の調査時点(2009年3月2日)では、更に減って11名になっていた。男性長寿沖縄一であったST(109歳)氏が死亡したので、後は女性ばかりとなっている。2008年4月に95歳から99歳の人口は32人、90から94歳の人口は76人、85から89歳の人口は176人、80から84歳は170人、75から79歳は218人いるので、これからも百歳に達することが可能な人口は確保されているといえるが、短期的には減少することもありえる。
これから百歳に届くかもしれない97歳の人々を地域で祝う「カジマヤー」という沖縄独自の民俗慣習があるが、2008年8月にこの祝いの対象になったのは女性6名であった。ちなみに同じ時に「トーカチ」の祝い(米寿)を得た人は、男性4人、女性25人であった。民俗儀礼のトーカチやカジマヤーの時には、村長が各公民館に出向いて顕彰することになっている。カジマヤーの時には、97歳の高齢者を乗せたパレードが7つの橋を渡ることになっている。これらの時には区民みんなで祝う。
大宜味村では、今は元気な106歳の女性OUさんが、百歳以上高齢者の代表的パーソナリティとして、取材に引っ張り出されている。大宜味村役場の方では、それが彼女の体調を崩す原因になりはしないかと心配している。これまでアメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、シンガポール、韓国から調査や取材にきた。韓国からの取材態度が横柄で、役場の人が激しい応酬を繰り返すこともあるという。人のいい百歳以上高齢者が、無料で取材に応じると、限度がなくなり、せっかくインタビューに応じてくれた100歳以上高齢者の体調が悪くなることもあったことを心配して、役場では、ないがしかの謝礼を払って取材するべきではないかと考えている。(時間3000円~5000円程度)。
 1998年に大宜味村に「特別養護老人ホームやんばるの家」(50人定員)が完成し、近所の東村などからも入所できるようになった。現在、大宜味村の百歳以上高齢者11名のうち5名はここに入所生活をしている。調査時点で最高齢者の108歳の女性もここで生活している。沖縄県では、原則として施設を造ることを抑制してきたが、2009年4月からの新しい計画では、いよいよ増加する高齢者に対応するために、施設のベッド数を増加する計画に切り換える予定である。また市町村も小規模多機能型のサービスを整備する計画が急速に進みそうな勢いである。
在宅の百歳以上高齢者のうち1人は一人暮らし、3人は家族と同居、後は入院中。在宅の百歳以上高齢者は、ホームヘルパーのサービスを利用、またデイサービスのサービスを利用して暮らしている。高齢者は、夕方まで元気でも、翌朝亡くなることも多い。孤独死を避けるためにナイトケアが必要だと大宜味村では認識している。一応、今の施策でもナイトケアはできることにはなっているが、事業者の方ではなかなか取り組むところが少ないのが現状である。大宜味村では、インフォーマル・サービスとして、区長による声かけをはじめ、地域包括支援センター(現在は社会福祉協議会へ委託)関係者や民生委員の訪問。手すきの人による見守り隊のボランティア活動などを、公民館ごとに実施している。食事サービスとして弁当配達は、月2回友愛訪問型のサービスを実施している。2004年に給食サービスを試みたが、サービスを受ける高齢者に好き嫌いが多く中止することになった。周りが一番心配しているのは、高齢者の夏場の水分補給である。たとえ家族がいても、ほとんどの人が中部南部に出ている。そういう人は区長に残した親のことを頼んでいる。しかし区長一人ではとても支えきれない。高齢者自身が集まって支え合えれば、水分補給などの心配も少なくなる。
 大宜味村は、「健康長寿の生き生き輝く文化の村」を掲げ、施策のキーワードとしては、「長寿の里」をひとつの柱にしている。他に「芭蕉布の里」、「シークァーサーの里」、「ブナガヤの里」という村おこし概念が追求されている。「長寿の里」に関しては、以下のような目標を立てている。
(1)健やかあふれる長寿の里(健康な65歳、活動的な85歳を目標)
(2)安らぎあふれる長寿の里(地域密着型サービスを中心としたサービス)
(3)いつまでも暮らしたい長寿の里(健康長寿を支えてきた環境を評価し、本村をフィールドとした健康長寿の研究を推進し、学術的な裏付けを持つ質の高い大宜味ブランドを確立して、長寿と癒しの里の地域振興を図る)
 大宜味村では、こうして「長寿」と「食」をメインにしたツーリズム開発に関心を寄せている。一方では、なお住民はとりたてた食の開発には消極的な気質の持ち主であるが、他方で、よそから来る人を受け入れる土地柄でもあるので、ツーリズムの可能性は高い。大宜味村が実施した調査によると、次世代を担う子供達も「長寿の里」というコンセプトに対して魅力を感じているようである。これは運動会などで、子供たちがいつも高齢者と付き合ってきたからであると大宜味村では考えている。将来的には国際長寿村構想を大宜味村で実現させたいという構想が出されている。沖縄県の水ガメ確保のために作られたダム工事の廃土を埋め立てに使って、広大な平地が造成されているので、ここを舞台にその構想が実現できればと考えている。しかし、今は経済情勢の変化でこの構想は中止状態に置かれている。
 地域社会として「長寿」をキーワードとする開発で提起される今後の課題は以下のような点である。
(1) 「長寿」の操作概念(指標)化:
平均寿命、健康寿命、百歳以上高齢者実数、人口10万人当たり百歳以上人口割合、高齢コーホート生残率など、とりわけ人口規模の少ない自治体でも使える操作概念(指標)化の必要性
(2) 現在の百歳以上高齢者および家族介護者に対する生活支援:
水分補給、寄り合い、ナイトケア・24時間訪問サービスなど、家族のレスパイトケアなど生活支援サービスの必要性
(3) プレ百歳(百歳に達しようとする高齢者)に対する生活支援:
健康で活動的な百歳以上の生活目標の提示とエンパワメントの必要性
(4) 次世代高齢者に対する生活改善:
不健康な生活に陥っている世代に対する啓発の必要性
(5) 科学的調査を実施するための各種要件整備:
行政上発生するデータの学術的分析および政策科学的分析を阻害する過度の「個人情報保護」に対する緩和策の必要性

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