「負ののれん」が発生する理由、M&Aで発生するケースや扱いを解説

M&Aの基礎

2021.7.173 years前

「負ののれん」が発生する理由、M&Aで発生するケースや扱いを解説

「負ののれん」は、M&Aで支払った対価が取得した純資産額(時価)よりも小さい場合に発生し、その差額は特別利益として処理されます。時価よりも安い取引が行われるとは考えにくいですが、買い手が得をしたとも言える「負ののれん」が発生するM&Aが行われるケースもあります。

そこで今回は、「負ののれん」について、なぜ発生するのか、M&Aをするときの注意点などを簡単に解説します。

「負ののれん」とは?

「負ののれん」は、M&Aで発生することがある差額の種類です。「負ののれん」は「のれん」の反対のもので、理解しやすくするため、まずは「のれん」について解説しましょう。

M&Aでは、株式や事業に対して支払う譲渡対価が、取得する貸借対照表上の純資産額(資産から負債を引いた金額)よりも大きくなるのが一般的です。M&Aでは、目に見える「事業に使用する資産や負債だけ」ではなく、目には見えない「その事業に関する技術力・将来性・ブランド力」なども取得することができ、その対価も含めて支払うためです。

このとき、支払った譲渡対価と貸借対照表上の純資産額の差額を、「のれん」として貸借対照表の無形固定資産として計上します。

例えば、純資産額1億円(資産12,000万円・負債2,000万円)の会社を、1.5億円で買収したとしましょう。買収した会社は、貸借対照表では1億円分の純資産が加算されますが、支払った金額は1.5億円です。その差額5,000万円分が、「のれん」として、貸借対照表に無形固定資産として計上されます。

それに対して「負ののれん」は、「のれん」の逆で、支払った譲渡対価が、取得した貸借対照表上の純資産額よりも小さい場合に発生します。ただ、これは貸借対照表にマイナスの資産として計上するのではなく、「損益計算書上の特別利益」とされます。

純資産額1億円の会社を8,000万円で買収した場合は、安く買えた2,000万円が、損益計算書の特別利益に計上されます。

「負ののれん」が発生する理由

では、なぜ「負ののれん」が発生するのでしょうか。

M&Aで取得した資産は、取得時点での「時価」で評価され、貸借対照表に計上されます。そこに事業の将来性やブランド力が加味されると考えると、「負ののれん」が発生する「時価よりも安い譲渡価格」でM&Aが成立するとは思えません。何か特別な理由がない限り、時価より安い価格になることはないでしょう。

一般的な理由として考えられるものには、次のようなものが挙げられます。

(1)廃業時の換金価格が、時価よりも安くなることもあるから
会社の資産は、不動産や機械設備など、時価で売却できるとは限らないものが含まれています。廃業する場合、不動産を短期間で売却するには、価格を安く設定しなければならないでしょう。

また、機械設備は、ただ処分するのであれば、減価償却費を差し引いた簿価よりもはるかに安い金額でしか売れないでしょう。

他に、廃業にあたって必要なコスト負担を考慮すると、時価より安くなるケースもあります。

(2)貸借対照表では、完全に正しい時価を表現できないから
貸借対照表では、事業のすべての資産・負債を完全に正しい時価で表すことができません。ブランド力などの無形資産や、将来発生するかもしれないリスクを、あらかじめ織り込んで数値化することには限界があるのです。

(3)経済合理性を無視した取引が行われることもあるから
M&Aでも、通常の取引と同様、「損をするのはわかっているけれど、この取引をする」と意思決定することもあります。「安くてもいい」と売却した場合、「負ののれん」が発生するケースもあるのです。

M&Aで「負ののれん」が発生する?

では、M&Aで「負ののれん」が発生する具体的なケースには、どのようなものがあるのでしょうか。

(1)売り手の最優先事項が価格ではないケース
売り手側の経営者が引退などを考えている場合、廃業するか後継者を見つけるかを選択しなければなりません。この時、廃業することで従業員に迷惑をかけたくないと考え、「全従業員の雇用維持」を目的としてM&Aを検討している場合があります。雇用が維持されるのならば、譲渡価格が安くなっても構わないと考え、買い手側に「負ののれん」が生じる価格で決まるケースもあります。

また、M&Aでの譲渡先を探すときに、「高い価格を提示した買い手」よりも「自社の経営理念に近い買い手」に譲渡したいと考えるケースも考えられます。

(2)簿外債務等を譲渡価格が大きく反映されたケース
貸借対照表には表れない「簿外債務」や「損害賠償リスク」を多く抱えており、それをM&Aの譲渡価格に反映させた場合には、時価よりも安い譲渡価格になることもあります。

(3)売らざるを得ない理由があるケース
事業承継対策・相続対策ができていない経営者が急逝した場合などに発生するケースもあります。

オーナー企業の経営者は、多額の資産を持っていても、そのほとんどが自社株式です。そのため、相続や事業承継の対策ができていなかった場合、相続税の支払いに困ってしまうことがあります。

相続税は納付までの期間が短く、後継者がいない場合や、すぐには見つからない場合は、大至急換金することを目的として売りに出されるケースがあるのです。

M&Aで生じた「負ののれん」は「特別利益」で計上

M&Aで「負ののれん」が生じた場合、会計上は「特別利益」として計上します。

「のれん」は無形固定資産に計上し、会計ルールに従って償却していきますが、「負ののれん」はイレギュラーな利益として一括で処理されます。ただ、「負ののれん」は時価よりも安い価格での取引であり、通常では考えられないイレギュラーな取引と考えられます。

そこで、日本の会計基準では、「負ののれん」が発生した場合は、「純資産の金額が本当に正しかったのか」を再度確認し、それでも「負ののれん」が生じる場合に特別利益として処理することになっています。

「負ののれん」が発生するM&Aはお買い得なのか?

「負ののれん」が発生するM&Aは、その事業の資産を時価よりも安く手に入れられているのは確かです。しかし、M&Aが成功したかどうかは、「安く買えたか」ではなく、「投資額に対して想定以上のリターンが得られたか」が大切です。

つまり、もし安く買えたとしても、充分な利益を生まず、事業全体の足を引っ張るようなM&Aであれば、失敗なのではないでしょうか。

「お買い得に見える」としても、安く買えることには理由があるはずです。実は、「偶発債務が隠されている」「法律改正等で事業の先行きが不透明」等の理由で将来性に問題があり、純資産の時価よりも安くなっている可能性もあります。

安易に飛びつくのではなく、デューデリジェンス等を通して、価格の妥当性をしっかりと判断するプロセスが必要です。

おわりに

「負ののれん」は、M&Aで支払った対価が純資産の時価を下回る場合に発生するもので、特別利益で処理されます。イレギュラーな取引ですが、幸運にもそんなM&Aができれば、より多くのリターンが得られる可能性があります。

売り手が価格よりも優先したい事項がある場合や、早く売らざるを得ない場合などには、安く売りだされるケースもありますが、将来のリスクを抱えているから安いケースも考えられます。

デューデリジェンスで詳細に調査するなどして、本当に買収すべき案件なのかを確認することを忘れないようにしましょう。

この記事を書いた人

シニア・プライベートバンカー、MBA(経営学修士)、1級ファイナンシャルプランニング技能士、日本証券アナリスト協会認定アナリスト横山 研太郎

ねこのて合同会社 代表。大手メーカーで経理、中小企業の役員として勤務したのち、ファイナンシャルプランナーとして独立。金融機関での経歴がないからこそできる、お客様にとってのメリットを最大化するプランを提案している。オーナー企業での役員経験を活かし、経営コンサルティングからオーナー様の資産管理・資産形成まで、幅広い相談に対応できることを強みとする。

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