M&Aにおける株式譲渡のメリット・デメリット、手続きの流れと必要書類

M&Aの基礎

2021.10.202 years前

M&Aにおける株式譲渡のメリット・デメリット、手続きの流れと必要書類

株式譲渡は、中小企業の事業承継などでもよく使われるM&A手法です。株式を譲渡して経営権を引き継ぐだけで、他のM&手法と比べると簡単です。しかし、会社を譲渡するのは大きな取引であるため、手続き内容やメリット・デメリットもしっかりと理解して、慎重に進めましょう。

本記事では、株式譲渡について、手続きの流れや必要書類も含めて解説します。

株式譲渡とは?

株式譲渡とは、株式の譲渡で会社の経営権を引き継ぐM&A手法です。株式の譲渡のみという他の手法よりもシンプルなM&Aと言えます。

M&Aにおける株式譲渡

株式譲渡は、中小企業のM&Aで最も多く使われている手法です。オーナー経営者がリタイアする際、新しい経営者に株式譲渡するケースが多いためです。

M&Aで株式譲渡をするメリット・デメリット

売り手である現オーナー側の目線で、株式譲渡をするメリット・デメリットをみてみましょう。

売り手側のメリット

売り手側のメリットには、次のようなものが挙げられます。

1.譲渡対価をキャッシュで受け取ることができる
株式譲渡では、譲渡対価が現金で支払われます。オーナー経営者が退いた後、リタイアするのであれば退職金的なものとして生活資金に充てられます。新たに事業を立ち上げるのであれば、その起業資金にすることもできます。

2.事業をそのまま継続できる
株式譲渡をしても、会社のオーナーが変わっただけで、(新経営者が大きく方針転換しない限り)これまでの事業が継続できます。そのため、取引や従業員の雇用が維持され、ステークホルダーへの影響はほとんどありません。

3.他のM&A手法よりも比較的簡単に進められる
株式が譲渡されるだけで、取引先との契約や従業員との雇用関係に変化はなく、許認可等もそのまま使うことができます。そのため、M&Aに関する手続きが比較的簡単だと言えます。

ただし、株式譲渡の手続きは会社法に定められたものであるため、手続きそのものが簡単というわけではない点に注意してください。

売り手側のデメリット

一方、次のようなデメリットもあります。

1.株式譲渡成立まで時間がかかることもある
株式譲渡では、譲渡する会社の権利・義務を、買い手がすべて引き継ぎます。簿外債務や偶発債務が発覚しても、支払い義務を負います。

もちろん、株式譲渡契約で損害賠償請求できる条項を盛り込むことは可能ですが、そうしたとしても取引先との対応や訴訟対応などが負担になることに変わりはありません。

そのため、株式譲渡のような権利・義務を包括承継するM&Aでは、デューデリジェンスにかなり時間をかけることになり、成立までの時間も長くなる傾向にあります。

2.税金の支払いが発生する
株式譲渡で得た対価には税金がかかります。非上場株式の場合、株式の取得費や譲渡費用を差し引いた額が「譲渡所得」となり、その20.315%の税金(所得税・住民税・復興特別所得税の合計)がかかります。

株式譲渡の手続きの流れ

株式譲渡は、以下のような流れで進められます。

1.株式譲渡の承認(株式譲渡制限がある場合)
株式を譲渡する人が、会社に株式譲渡承認請求をします。それを受け、株主総会の決議を行います。取締役会設置会社であれば、取締役会の決議で承認することもできます。

2.株式譲渡契約書(SPA)の締結
売り手と買い手とで条件交渉をします。条件がまとまれば、株式譲渡契約書を締結し、対価の支払いをします。

SPA(株式譲渡契約書)とは – M&A用語

3.株主名義の書き換え
譲渡が完了したら、会社に対して株主名簿の書き換えを請求し、書き換え後に、会社が買い手側に株主名簿記載事項証明書を交付します。

株式譲渡の手続きに必要な書類

株式譲渡の手続きにあたっては、それぞれ次のような書類が必要です。

1.買い手と売り手

書類 内容
株式譲渡承認請求書 株式の譲渡制限がある場合に提出。譲渡したい株式の種類・数・譲渡先等を記載する
株式譲渡契約書(SPA) 株式譲渡の条件を記載した契約書
株式名義書換請求書 譲渡後に、会社側に株主の名義を書き換えてもらうための請求書類
株主名簿記載事項証明書交付請求書 株主名簿記載事項証明書を請求するための書類

 

2.譲渡対象の会社

書類 内容
株主総会招集通知 譲渡制限株式の譲渡承認を株主総会でする場合に送る通知
株主総会議事録 株主総会の内容などを記録したもの
株式譲渡承認(不承認)通知書 株式譲渡の承認・不承認を通知する書類
株主名簿 株主の氏名・保有株式数などが記載されている名簿
株主名簿記載事項証明書 会社の株主であることを証明する書類

株式譲渡を行う際の注意点

株式譲渡を行う際に注意しておくべき点がいくつかあります。

1.株券発行会社かどうかを確認する
現在の法律では、株式会社に株券を発行する義務はありません。そのため、「株券発行会社」と「株券不発行会社」があります。株券発行会社の株式を譲渡する場合、株券の交付を受けていないと、第三者に対して、株主であることを法的に主張することができません。株券発行会社かどうかは、登記事項証明書で確認ができます。

2.買い手側にも税金がかかることがある
原則として、株式を取得した側に税金はかかりません。しかし、株式の時価と比較して著しく安い価格で譲り受けた場合は「低額譲渡」とみなされ、時価との差額に課税され、買い手が負担しなければならないケースもあります。かかる税金は所得税・贈与税・法人税で、買い手・売り手の立場によって変わります。

3.事業の引継ぎのために、前オーナーがしばらく会社に残ることもある
事業を承継すると言っても、株式だけを渡せばよいわけではありません。新経営者に引継ぎし、新しい経営体制を整えていくことが重要です。そのため、前オーナー経営者が、株式譲渡後も相談役や非常勤役員などの立場で会社に残り、事業承継を支援するケースも少なくありません。数か月程度のこともあれば、数年間残るケースもあります。

4.COC(チェンジオブコントロール)条項のある取引がないか確認する
会社が取引にあたっての基本契約書を締結する際、COC条項が盛り込まれているケースがあります。COC条項は、「会社の経営権に移動があった場合」に発動するもので、具体的な内容には「事前に通知して承諾が必要」「取引契約を解除できる」などがあります。

これを見落として株式譲渡をした場合、成立後に取引先とトラブルになる可能性があります。取引が継続できたとしても、その取引先との信頼関係にヒビが入る原因になるかもしれません。

チェンジ・オブ・コントロール条項(COC)とは – M&A用語

おわりに

株式譲渡は、株式を譲渡して経営権を引き継ぐ、比較的簡単な手続きで進められるM&A手法です。事業承継の手段としても有効です。

しかし、手続きの流れや必要書類を見れば、手続き自体が簡単なのではないことがわかると思います。商法に定められた契約手続きであるため、専門的な知識を持ったアドバイザーなしに進めることは難しいでしょう。M&Aに強い弁護士やM&A仲介会社などの力を借りて、適切に進めることをおすすめします。

この記事を書いた人

シニア・プライベートバンカー、MBA(経営学修士)、1級ファイナンシャルプランニング技能士、日本証券アナリスト協会認定アナリスト横山 研太郎

ねこのて合同会社 代表。大手メーカーで経理、中小企業の役員として勤務したのち、ファイナンシャルプランナーとして独立。金融機関での経歴がないからこそできる、お客様にとってのメリットを最大化するプランを提案している。オーナー企業での役員経験を活かし、経営コンサルティングからオーナー様の資産管理・資産形成まで、幅広い相談に対応できることを強みとする。

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