M&Aで「会社を売る」ための基礎知識、会社売却をするための準備・注意点

M&Aの基礎

2021.12.152 years前

M&Aで「会社を売る」ための基礎知識、会社売却をするための準備・注意点

「会社を売る」ことは「株式を譲ること」ですが、経営者のリタイアや事業承継のためなど、前向きなM&Aも増えています。ただ、第三者に譲渡するにあたっては、綿密な準備が必要で、注意すべきポイントもあります。

会社の売却をスムーズにトラブルなく進めるためにも、まずは、会社売却のための基礎知識を身につけましょう。

「会社を売る」とは、どういうことか?

「会社を売る」ということは、「株式を売却して、オーナーとしての権利を他社に譲ること」です。「売る」という表現のせいで、「身売り」などのネガティブなイメージを持たれがちですが、M&Aで会社を売る理由にはいろいろなものがあります。経営不振でやむなく手放すことだけが会社を売ることではありません。

なぜ、M&Aで「会社を売る」のか?

ポジティブな理由で、「会社が売られる」ケースも少なくありません。主な例を3つ紹介します。

(1)リタイア・事業承継のための売却
後継者不足に悩む経営者は多いですが、まだ将来性がある会社を廃業してしまうのは、従業員や取引先にとっても損失です。自分の子どもや親族で後継者がいないが、会社を継続させたい場合は、社内外の人材に売却する選択肢もあります。会社売却の対価を経営者の生活資金に充てるという意味で、リタイアメントプランとして活用することもできます。

(2)経営資源を集中させるための売却
複数のグループ会社や事業を持つ会社が、より経営資源を集中させて、柱となる事業を強化するための売却です。中心的な事業との関連が薄いグループ会社や事業を売却します。

あくまで経営資源を集中させることが目的ですから、売却するのは不採算事業とは限りません。価値の高い事業を売却して、その資金で中心的な事業を立て直すことも可能です。

(3)売却する会社をもっと成長させるための売却
将来性のある事業にもかかわらず、自社の経営陣やリソースでは、これ以上の成長が望めない場合、さらに成長させてくれる会社に売却するケースです。

「会社を売った」後はどうなる?

経営者にとって、会社を売却した後はどうなるのでしょうか。

(1)対価を得られる
株式譲渡や事業譲渡では、通常、対価として現金が受け取れます。経営者としてリタイアするのであれば、退職金のようなものになり、以後の生活資金に充てることができます。別の事業を始めるのであれば、起業資金にできるでしょう。

(2)個人保証を外すことができる
会社の借入金を連帯保証している場合、M&Aによって個人保証を外すことができます。多額の債務を保証している重荷から解放されます。

(3)イグジット経験者として見られる
これは主に、会社を成長させて売却したケースですが、イグジット(M&Aでの売却)経験者として周囲から見られるようになります。起業した会社を成長させて売却できる経営者は少ないため、M&AやIPOに積極的なベンチャー企業界隈では、イグジット経験者が注目される傾向にあります。

「会社を売る」ための方法

会社を売るための方法は、主に次の3種類です。

(1)株式譲渡
最も一般的な会社売却方法です。経営者が保有する株式を譲渡し、会社ごと他社に譲り渡します。

(2)事業譲渡
会社の事業の一部または全部を売却する方法です。売却するのは「事業」なので、すべての事業を売却しても、会社の法人格は残ります。

(3)会社分割
やや特殊な方法ですが、会社分割も会社を売却する方法のひとつです。譲り受ける側にとっては事業譲渡よりも手続きが少なくなる方法ですが、対価の支払いが現金ではなく株式の交付で行われることが多く、経営者のリタイアメントプランとしては適していません。

「会社を売る」ために必要な準備

会社を売るのは簡単ではありません。商品のように、株式とお金を交換して終わりというわけにはいきません。納得のいく会社売却をするためには、「買ってもらえる会社」にするための入念な準備が必要です。

(1)会社の価値を高める
買い手は「価値に見合った価格」でないと買ってくれません。現状での企業価値を確認し、希望の売却価格に届いていないのであれば、収益性を高めて財務体質を改善するなどして、企業価値の向上に努めましょう。

(2)不透明な部分はクリーンにしておく
M&Aでは、買収対象の会社に不透明な部分があると、そのリスクや後のトラブルを想定して、企業価値を引き下げる場合があります。解決できる問題を解消する、簿外債務を明確にしておくなどしておきましょう。

また、経営者個人と会社との取引についても確認しておきましょう。経営者個人が所有している不動産を会社が賃貸している場合、買い手が前経営者との賃貸契約が続くことを快く思わないケースも少なくありません。

簿外債務 – MA用語解説

(3)株式が分散している場合はまとめておく
業歴の長い会社やストックオプションを与えている場合は、株式が多くの株主に分散している場合があります。株式が分散していると、一部の株主が売却に反対することも予想されます。スムーズに売却できるよう、事前に、会社売却の同意を取り付けるか株式を買い取るかしておきましょう。

「会社を売る」ときの注意点

その他に、会社を売却するにあたっての注意点があります。

(1)簡単に思い通りに売れるわけではない
自分が経営してきた会社を売却するのであれば、できるだけ高く売りたい気持ちはわかります。しかし、買い手が納得してこそM&Aは成立するため、「適正価格」でしか売却できないことを理解しておきましょう。

高すぎる希望価格では、そもそも買収に興味を持ってくれる投資家が現れないでしょう。また、交渉中も、高く売却するために、都合の悪い情報を隠そうとすれば、不透明な部分があることを理由に取引が成立しないリスクもあります。

(2)従業員や取引先にとっても望ましい相手を見つける
会社を売却すれば経営者は会社を離れますが、従業員や取引先はその後も会社との関係を続けなければなりません。経営者としては、売却後も従業員や取引先が安心できるような買い手を探す責任があります。

(3)売却後のロックアップや競業避止義務に注意
経営者が事業のキーパーソンである場合は、M&A後の引継ぎやPMI(M&A成立後の統合プロセス)のために、一定期間社内に残ることを義務付ける「ロックアップ条項(キーマン条項)」が設けられることがあります。売却すれば即リタイアとはならないケースもあることを知っておきましょう。

また、売却後に、競合となる事業を行わない、同業他社に入社しないといった「競業避止義務」が設けられることも一般的です。売却後にどのような生活・仕事がしたいのかも考慮した上で、いつ、どのようにして会社を売却するか検討しましょう。

おわりに

会社の売却は、経営者のリタイア・事業承継や、会社のさらなる成長のためのポジティブな活用方法でもあります。しかし、従業員が退職することとは異なり、計画的に準備を進め、売却後のことも考えて交渉を進めなければなりません。

どのような準備をし、どのような点に注意しなければならないのかは、個々の会社によって異なる部分もあります。M&Aを得意とする専門家に相談するなどして、スムーズに会社売却ができるようにすることが大切です。

この記事を書いた人

シニア・プライベートバンカー、MBA(経営学修士)、1級ファイナンシャルプランニング技能士、日本証券アナリスト協会認定アナリスト横山 研太郎

ねこのて合同会社 代表。大手メーカーで経理、中小企業の役員として勤務したのち、ファイナンシャルプランナーとして独立。金融機関での経歴がないからこそできる、お客様にとってのメリットを最大化するプランを提案している。オーナー企業での役員経験を活かし、経営コンサルティングからオーナー様の資産管理・資産形成まで、幅広い相談に対応できることを強みとする。

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